「寒天のかんてんぱぱ」といえば、ご存じの方も多いと思います。長野県伊那市に本社を置く伊那食品工業株式会社。その伊那食品工業が、実は日本酒も造っていることは、あまり知られていないかもしれません。長野県中川村で生まれる「今錦(いまにしき)」です。
この今錦、2026年7月からは、伊那食品工業の「今錦醸造場」が造りを担い、米澤酒造株式会社が販売元として届ける体制になりました。米づくりから醸造までを伊那食品工業グループの力で支え、長く愛されてきた「今錦」の名前は米澤酒造が受け継いでいく。そんな関係です。
先日、私たち零下 -REIKA- を運営するさくら酒店は、研修でこの地を訪ね、伊那食品工業の経営の考え方を学び、今錦の造りを見せていただきました。棚田の米づくりから、搾り、そして一杯の味わいまで。その一日を、順を追ってお伝えします。

伊那食品工業で「年輪経営」を学ぶ
はじめに通されたのは、伊那食品工業の本社でした。代表取締役社長の塚越社長、総務人事部長の吉川さん、そして米澤酒造で専務を務める松下さん。お三方から、この会社の経営の考え方をうかがいました。
一本のビデオを見せていただいたあと、対話の形で、私たちの疑問に一つずつ答えていただく時間が続きます。

印象に残ったのは、「会社は、社員が幸せになるためにある」という考え方でした。利益はその手段であって、目的ではない。目的とすり替えてはいけない、と。目指すのは、急がず、少しずつ良くなり続けること。木の年輪のように一年ずつ幅を重ねていく、その姿から「年輪経営」と呼ばれています。
社是は「いい会社をつくりましょう たくましく そして やさしく」。驚くのは、この理念が額縁の中の言葉ではなく、社員一人ひとりの行動に浸透していることです。

たとえば、朝の出勤では会社に右折で入らない。自分が右折待ちをすれば、後ろの車を、街の朝を止めてしまうからです。駐車場では車の後ろが美しくそろい、敷地の掃除は誰かに命じられるでもなく、社員が自発的に行う。社員旅行さえ、会社が用意するのではなく、社員たちが自分でグループをつくり、自分たちで行き先を企画するそうです。
一つひとつは小さなことかもしれません。けれど、約600人の社員の一人ひとりにここまで理念が染み渡っている会社が、どれだけあるでしょうか。言葉より先に、その場の空気で伝わってくるものがありました。
市民に開かれた水汲み場と、寒天の驚き

本社をあとにし、次の施設へ向かって敷地内を歩きます。木々に囲まれた小道をしばらく進むと、敷地の一角に水汲み場がありました。
井戸水を、地域の方が自由に汲んでいける場所です。実際にこの日も、何人かの市民の方が水を汲んでおられました。会社の敷地が、そのまま街に開かれている。それも年輪経営の一面なのだと思います。

歩いて向かったのは「R&Dセンター(研究棟)」。一階はかんてんぱぱの商品が並ぶ売店、上の階は研究開発部門の研究室で、見慣れない機器がいくつも並んでいました(研究室は撮影禁止のため、写真はありません)。

ここで実感したのが、大きな母体を持つことの強みです。小さな酒蔵では、とても手の届かないような最新の研究機器がそろい、自主的に手を上げた意欲のある研究員がそれを使いこなしている。この研究開発の力を、同じグループで生まれる今錦も生かせるのです。伝統の手仕事と、最新の分析力。その両方を持てる酒蔵は、全国でもそう多くありません。
一階の売店で一番驚いたのは、人気ナンバーワンのおすすめ商品が「寒天のお好み焼き」だったことです。半信半疑で試食させていただくと、本物のお好み焼きと遜色のない味。これはカロリーを抑えたいときにうってつけだと感じました。寒天を使った化粧品まであり、寒天という一つの素材で培った技術が、さまざまな形に応用されている。その広がりに深く感銘を受けました。

「今錦」と出会う場所、モンテリイナ
敷地内を一、二分ほど歩くと、「モンテリイナ」という2022年にオープンしたばかりの商業施設があります。こちらは売店とはまた趣が違い、かんてんぱぱの商品だけでなく、全国から集めた良いものが並ぶ場所でした。その一角に、今錦のコーナーと販売所もあります。

ひときわ目を引いたのは、かつて酒造りに使われていた木槽(きぶね/お酒を搾る木の道具)を、展示用に仕立て直したディスプレイでした。役目を終えた道具が、こうして蔵の歩みを語る姿になっている。ものを大切にする空気が、ここにも流れていました。

飯沼の棚田へ

車で移動し、中川村飯沼地区の棚田へ向かいました。ここは伊那食品工業グループが中心となって管理している水田で、この地で育てた美山錦(みやまにしき/長野を代表する酒米)が、数量限定シリーズ「おたまじゃくし」に使われます。
段々に連なる棚田は、いまの日本ではなかなか出会えなくなった風景です。不思議なもので、私たちの故郷にあるわけでもないのに、目の前にするとなぜか懐かしさが込み上げてきます。この風景から一杯が生まれているのだと思うと、次に飲む「おたまじゃくし」の味が、少し変わる気がしました。

今錦を醸す蔵を訪ねて
最後に、今錦を醸す蔵(現在の今錦醸造場、旧・米澤酒造の醸造所)へ。看板は昔から使ってきたものを生かしつつ、建物は新しくされていて、中はとてもきれいに整えられていました。


目を引いたのは、徹底した温度管理です。蔵には氷点下から常温まで、複数の温度帯に分けた冷蔵庫がそろっています。なかでも心を掴まれたのが、氷点下でじっくりと管理する貯蔵庫でした。

ご存じの通り、私たち零下 -REIKA- は、日本酒をマイナス5℃で管理することを名前に掲げた酒屋です。氷点下でお酒を貯蔵すると熟成の進みが穏やかになり、酒質の劣化が起きにくい。その価値を誰より信じてきた私たちにとって、氷点下貯蔵を当たり前のように実践されている蔵との出会いは、我がことのように嬉しいものでした。
さらにこの蔵では、作業する部屋そのものまで冷蔵温度に保ち、お酒の劣化や結露を防いでいるといいます。

麹室(こうじむろ/麹をつくる部屋)は、木で組まれた立派なものでした。木には、余分な水分を吸ってくれるという利点があります。ただ、建て直してすぐの頃は、木の香りがお酒に移ってしまうこともあったそうです。
良い面と難しい面の両方に向き合いながら、その年その年で最善を探っていく。造りの現場は、そういう試行錯誤の積み重ねなのだと教わりました。

搾りは、かつての木槽から、今はステンレス製の搾り機に替えたそうです。搾りは一日がかり。しかし酒槽であまり圧力を上げないため、どうしても粕歩合は高くなってしまうといいます。採算だけを考えれば、難しい選択のはずです。
けれど松下専務いわく、社長からは「利益は二の次でいい、とにかくおいしいお酒をつくろう」と言われているのだそう。目先の損得ではなく、長い目で見てプラスになることを選ぶ。ここにも、年輪経営の考え方が息づいていました。

火入れ(加熱してお酒を安定させる工程)にも工夫がありました。瓶に詰めてすぐ加熱し、すぐ冷やす方式に切り替えたそうです。この方法だと熱にさらされる時間が短いので、火落ち(お酒を傷めてしまう菌による劣化)の心配もまずないそうです。
しかも、少し低めの温度で仕上げている。フレッシュさを守るための細やかな工夫が、造りのひとつずつに宿っていました。

18種類の今錦を味わう
見学のあとは、18種類ほどのお酒を試飲させていただきました。日本酒好きの方なら、思わず身を乗り出してしまう時間だと思います。

その中でも、長野生まれの酒米・山恵錦(さんけいにしき)を使ったもの、日本屈指のパワースポットとして知られる伊那市・分杭峠(ぶんぐいとうげ/海抜1,424m)の「ゼロ磁場」でひと冬貯蔵し熟成させた「ゼロ磁場貯蔵」シリーズ、そしてウイスキー樽で熟成させた「DE VILLE(デビル)」という一本。
DE VILLEはその名の通りインパクトがあり、りんごのような香りが立ち、含むと熟した甘みがふくらんで、ウイスキーを思わせる余韻へと落ちていきます。どれも造り手の遊び心と真剣さが同居していて、今錦という蔵の奥行きを感じます。

今錦のお酒は零下 -REIKA- でもかねてよりお取り扱いしていますが、このたび新しいお酒を加え、ラインナップを拡充しました。今回試飲した中でも印象的だった「DE VILLE(デビル)」は、国内では今錦の直営店でしか出会えない希少な一本。零下では、棚田から生まれ、氷点下でていねいに管理された今錦のさまざまなお酒をお楽しみいただけます。
棚田の風景から、麹室の木の香り、搾りの一滴まで。今錦の背景を知ったいま、この蔵の酒を次の食卓に置いてみたくなった方へ。
年輪経営が宿る、一杯
一日を通して感じたのは、年輪経営の考え方が、そのままお酒にも通じているということでした。急がず、少しずつ良くしていく。採算より、まず美味しさを。街に開かれ、人を大切にする。その哲学が、棚田にも、麹室にも、一本の今錦にも流れていました。
次回は、同じ長野で一度閉じた蔵を甦らせた造り手、杉の森酒造をお届けします。
学んだ、その数日後に
この研修から数日後、伊那食品工業の最高顧問・塚越寛さんが逝去されました。八十八歳でした。「年輪経営」を掲げ、かんてんぱぱを世界に届く企業へと育てた方です。私たちがその思想に直接触れさせていただいたのは、まさにその直前のことでした。学びの機会をいただいた御礼とともに、謹んでご冥福をお祈りいたします。
